ボクが「ぴあの男子」
になった理由

ピアニストインタビュー
ぴあの男子ゆうちゃん さん(ピアノインフルエンサー)

 

ボクが「ぴあの男子」になった理由

ピアニストインタビュー
ぴあの男子ゆうちゃん さん(ピアノインフルエンサー)

金髪にオーバーサイズシルエットの服。そんなどこにでもいそうな今時の若者が、自ら撮影用のスマホをセットするとピアノの前に進み、おもむろに演奏をスタートさせる。スタートの数小節で歩く人の足を止め、いつしかオーディエンスがピアノを囲むように集まる。ほどなく演奏が終わるとくるりと振り返って一礼。若者は何もなかったかのようにピアノの前を離れる。
<ぴあの男子ゆうちゃん>今、注目の若手ピアニストである。活動の中心はインターネット。TikTok登録者数11万人。YouTubeチャンネルの登録者数はすでに3万人を超える。

コンクールで入賞して東京に行けるのが嬉しかった

東京ポートシティ竹芝に置かれたヤマハリニューアルピアノ®︎「桜ピアノ」を弾く<ゆうちゃん>。数多くのストリートピアノを弾いてきた彼から見ても「音の鳴りがすごく素直。弾き始めた瞬間に自分が表現したい音を鳴らしてくれる」という。

街角や駅、空港、商業施設などに設置され、誰もが自由に演奏できるストリートピアノ。このストリートピアノの演奏動画はSNSで拡散され、YouTubeでも多くの 再生回数を誇る人気動画になっている。俗にストピチューバーなどと形容される彼 (彼女)らは新世代の音楽家としても注目され、今では大手レコードレーベルがそんなストリートピアニストだけを集めた大規模な野外フェスを開催するほど。<ゆうちゃん>もその一人。 2021年春、ヤマハピアノサービスが協力しヤマハニューアルピアノ®としては初 となるストリートピアノ『桜ピアノ』が置かれた東京ポートシティ竹芝に<ゆうちゃん>の姿があった。

 

「天井が高くて音の響きが心地良い。ストピとしてはかなり良い環境にあって、弾き手としてはすごく気持ちいいピアノですね。リニューアルピアノを弾いたのははじめてですけど、新品とは違ってピアノが『仕上がってる』感じですね。感覚的に言うと弾き始めてすぐ、気持ち良くすんなり鳴ってくれると言えばいいのかな」

<ぴあの男子ゆうちゃん>のYouTubeチャンネルに投稿された桜ピアノを演奏する模様。<ゆうちゃん>以外にも多くのストピチューバーが桜ピアノでの動画をSNSにアップしている。

ほんのわずかな時間でそのピアノの性質を見ぬく<ゆうちゃん>。そんな彼がピアニストへの道を歩むきっかけは「家に普通にピアノがあった」からだという。

 

「母がピアノ教室で教えていて、幼い頃から普通に周りにはピアノがありました。 好きとか嫌いとかいう以前にピアノがある生活が当たり前って感じですね。出身が広島なんですけど、地方のコンクールで勝ち進むと全国大会で東京に行ける。それが楽しみでコンクールの前は猛特訓していました。小学校の2、3年の頃かな、地方のコンクールですごい頑張ったのに全国を逃したことがあって、それが悔しくて悔しくて寝る時とご飯の時以外はずっとピアノを弾いているって時がありました。多分、生涯であそこまで練習した日々はないんじゃないかな。そこからピアノの成績が伸びていきました」

 

地方大会では1番、全国コンクールの常連となり、全国でも常に一定の成績を収めるようになっていった<ゆうちゃん>だが、中学校に入る頃になるとピアノから少し距離を置くようになっていく。
 

「地方ではトップでも全国に出ると上にはものすごい人がいる。そんなトップの人でも世界にはさらには大きな壁がある。そういうことを知ってくると考えちゃうんですよね自分の将来を。『このままピアノをやるべきか、どうなのか』って」

 県内の進学校に進んだ<ゆうちゃん>。将来への漠とした不安を抱えながらも『ピアノが好き』という自身の声に押されて音大への進学を決意する。

 

「自分で決めた以上、中途半端にはできない。やるなら東京の音大に進んできちん と勉強しなくちゃいけないと思いました。ただその時点で昔のように猛烈にピアノを練習していたわけではなかったので、もう背水の陣って感じで受験に向けて猛特訓しました。それこそ朝から晩までピアノ漬けという感じで。技術的にいうとそこ でかなり上手くなったんじゃないかなと思います」

 

現役で音楽の名門・桐朋学園大学のピアノ専攻に入学した<ゆうちゃん>。高校から大学へと進んだ頃に、芽生えた意識があったそれは『自己責任』ということだ。

 

「ピアノは好きだったけれど、幼い頃は『やらされたモノ』という面は少なからずありました。でも高校から音大に進んだ時点で、それは『自分が選んだモノ』。ピアノの世界が厳しくて、正直それだけで食べていけるのはほんのひと握りだってこ とは承知の上で飛び込んだわけです。自分のピアノの実力を上げるは当然だけど、そこからですね、『どうやって自分が生きていくのか』ってことを強く意識し始めたのは」

 
 
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